急行が停まる駅から歩いて家に戻ろうとすると、川を底にした谷を一つ越えなければならず、二十分くらいかかる。駅前はきれいなビルが建ち並んでいるが、駅から離れると、古い木造の住宅と、栗や果樹を申し訳程度に植えた耕地が入り混じっている。
まだ昼間だった。私はいったん坂を下りて川を渡り、谷の反対側にある坂を登る途中だ。坂はきついが、十メートルくらい登ると、傾斜が緩くなる。エレヴェーターが坂の左側に建っている。よく晴れた秋の日だった。エレヴェーターは透明で、円筒状だった。空にまっすぐ伸びて、透明プラスティックの外壁が空中で光っている。伸びた先には雲しか見えない。
エレヴェーターは、坂のアスファルト道が左側に、三畳ほどの広さで突き出た面に設置されていた。エレヴェーターの基部は、背の高い山茶花を植え込んだ生垣に取り囲まれている。生垣に隠れた奥には和風の大きな家が見え、エレヴェーターに庭先を貸した形になっている。
透明なエレヴェーターの中の、やはり透明な箱が降りてくる。箱には私の姉が乗っている。姉は十二歳で、バレエ用の、白いチュチュを着ている。エレヴェーターはすごい速度で降りてきて、すごい重力がかかるだろうに、姉はトゥシューズでつま先立ちしたまま、優雅に両腕を上げたり、くるくる回転したりした。十二歳にしては多分、上手なのだろう。
私は坂の途中にある広場にいる。広場は、坂を挟んで、エレヴェーターのちょうど向かい側にある。広場には屋外ファーストフードショップやカフェがあり、私は友達のY子さんとテーブルの一つに座っている。各テーブルに、緑色と白のパラソルが開いている。Y子さんは四歳になる息子のS彦君を連れてきていた。「まだあんなことをやっているんだ」私は、エレヴェーターの中で踊っている姉を見て、Y子さんに言う。Y子さんは私の姉を知っている。が、Y子さんは、決して他人の領域に踏み込んでこないので、ただ微笑むだけだった。私たちは暖かいポテトフライを食べ、ストローでコーラを飲む。
私はS彦くんと遊ぶ。私には子供がおらず、子供をどう扱って良いのかわからないのだが、こちらも子供のつもりで乱暴に遊べばいいのかと、S彦君を持ち上げ、振り回して飛行機ごっこをした。S彦君は喜んで、きゃーとかぎゃーとか歓声をあげた。「子供扱いが巧いね」とY子さんが褒めてくれる。
姉はエレヴェーターから外に出ると、基部の周りにいる男たちと銀色のスロットマシンで博打をする。スロットマシンは古風なレジスターのようだ。機械の右側に附いたハンドルを引くと、円盤が三枚、回りだす。それぞれの円盤の横には様々な数字が書いてあり、正面ののぞき窓から一つだけ数字が見える。回り出した三枚の円盤は、やがてバラバラに停まる。停まった数字が三つとも同じならば、海外留学できるという約束だ。あのエレヴェーターは海外留学相談センターなのだそうだ。将来、世界的に活躍するバレリーナになるには、海外留学は不可欠ですよ。男たちは姉にそう言った。
留学のパンフレットには、留学先で行われる研修の予定が書かれている。三週間の語学研修や、現地の子供たちとの交流キャンプなどだった。
姉は、スロットマシンで数字を揃えられなかった。またエレヴェーターに乗って、一人でダンスの練習をしながら雲の上まで行く。白いレースを重ねたチュチュに午後の陽が当たり、とてもきれいだ。
「また会おうね」
日が暮れつつあるようだった。Y子さんはS彦君を連れて帰っていった。
夕焼けの中、エレヴェーターの重りの持ち上がる轟音とともに、姉が入った箱が戻ってくる。十二歳の姉は留学相談センターの男たちとスロットマシンをする。私の姉は、今度も数を揃えることが出来ない。あのスロットマシンは、決して数が揃わないように出来ているのではないかと、私は思う。
エレヴェーターの基部を取り囲んでいた山茶花の生垣はなくなり、暗幕が掛かり、夜間照明がつけられた。姉の衣装は替えられている。チュチュとトゥシューズだけはつけたままだが、タイツはなく、ショーツというのかブルマーというのか、下半身を覆う布はない。陰唇は偽の真珠で縁取りされ、紫と蛍光ピンクで塗られ、ラメを掛けられている。姉はまたエレヴェーターに乗り込み、音楽もなく夜空で踊る。
エレヴェーター
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